延原時行歌集「命輝く」(第3019回)(再訪「須磨離宮公園」)

 延原時行歌集「命輝く」(第3019回)
「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」

今朝も初めに先生のメルマガ「風の便り」で届いた「今日の歌」を収めます。

○(26日)ロゴスとロゴスの歌(二)相補論十首
     (* 鳥飼先生 5/25, 2018 21:55)

一 恩師言ふ「太初のロゴス」「御子」なるは法性法身即弥陀仏の如  (備考:これ滝沢特有の仏基論的ロゴス論なり)

二 されど汝がロゴスぞやそも存在者直属のぞや「本質規定」

三 このロゴス事実存在とや相補共在なしつ「忠誠や喚ぶ」

四 ロゴスぞや事実存在より“前”かいやそれと「共」にぞ神性に在り

五 信とはぞ「神性」に在る絶対の被決定Kontingenzへの覚醒なるや

六 かくなれば被決定とや覚醒や単に相補か否逆理なり 

七 而してや「被決定」ぞや「空至誠」「覚醒」誠「神至誠喚ぶ」

八 恩師のや相補ぞ誠我にとり「空至誠」とや「喚ぶ」の逆理ぞ

九 これまこと「神共」ロゴス「太初」とや交はす逆理の物語

十 この逆理根柢までや窮むれば我の名付ける「原受肉」在り  (備考:我がロゴス論的考察によれば、滝沢の所謂「インマヌエルの原事実」即ち「太初」のロゴス(『ヨハネ』1・1・第一項)は、「神共」のロゴス(同第二項)より発する「神内部のインマヌエル」(神・ロゴス=インマヌエル:原語では《pros ton theon》)がそこに於いて身籠る「原受肉」《The Proto-incarnation》 のプロセスの完成を意味する。このプロセスは、イエスの「神の国の到来」の宣教に明らかなように、さらに、①「神の」(=「神共」ロゴス)+②「国」(=「太初」ロゴス)の発展としての③「到来」(ホワイトヘッドの《Partaking「参与」》[Dialogues of ANW, 366]の意味する部分が現在的にかつ哲学的に重要なり。ちなみに、本書『哲学の喜び』の講義本文で我の《根源的哲学原理》と名付けている「原事実の新しい現在の産み出し」)が我が「哲悦」と呼ぶものの原基を成すなり。)
  (つづく)
IXIA!
延原時行


一昨日の徳島からの若者の来客を昨日「ハーブ園」にお連れする予定を変更して須磨離宮公園に出掛けました。好天気でちびっ子たちで大賑わい・・・恒例の春の薔薇展の開催中でした。

月見台休憩所から「天皇の石段」を下りて「新池」へ・・スイレンと花しょうぶを・・・

ツバメたちもやってきました。

離宮公園の銘木「くすのき」とひとつの根っこから三本の大木と・・