延原時行歌集「命輝く」(第2977回)(再び神戸に)

 延原時行歌集「命輝く」(第2977回)
「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」

一昨日朝、再び名古屋に出掛けて、昨日は「名古屋版」を再スタートしましたが、今日は早々に神戸にとんぼ返り、神戸での日常が戻ってきました。

まずは先生から届いたメルマガ「風の便り」の「今日の歌」を収めさせていただきます。

○(4月7日)
        御友神学の歌十首

一 次々と懸案事項幸に消化してこそ真砂さま在り

二 御神の御祝福のゆたかにぞ降り注ぎてや『賀川と神戸』

三 恩師がや「イエス縛る」を嫌ひたる「御友の真理」映したるげに
  (備考:滝沢克己『純粋神人学序説』(福岡・創言社、1988年)、273頁=『ヨハネ』15・15、熟読参照:「わたしはもう、あなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人のしていることを知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼んだ。わたしが父から聞いたことを皆、あなたがたに知らせたからである。」)

四 御友はや父と「共なる」言なりそのうちにやは「僕非ず」と
  (備考:『ヨハネ』1・1・第二項:「神と共なるロゴス」The Logos who was 《pros ton theon》こそ、我によれば、御友神学の基盤なり。父に、「僕非ず」と聴きし故に、御友己が弟子(我らすべて)を「友よ」と呼び給ふなり。これ、我がキリスト教信仰の根幹なり。カール・バルトの「僕なる主イエス・キリスト」の教会教義学、この根幹から見る時、冗談じゃない!)

五 このイエス昨日詠みし如くにぞ被造性をぞ超えし御友ぞ

六 御友がや被造性をぞ超えなばや地獄落ちなし共飛翔なし
  (備考:復唱。それ故、贖罪、復活真理なり!)

七 かくあれば地獄落ちなし深き底金輪際やそも飛翔なし

八 この底や栄御姿御父よ華やがせませとは祈らざる

九 その意味や「原受肉」のぞ輝きを「今み前にて輝かせ」なし
  (備考:『ヨハネ』17・5、熟読参照:「父よ、世が造られる前に、わたしがみそばで持っていた栄光で、今み前にわたしを輝かせて下さい。」原栄光=「原受肉」→「わたし」=「インマヌエルの原事実」→華やぎ=復活)

十 御友のや神学びこそ尊きやその窮みこそ「原受肉」なり
IXIA! 延原時行

(* 鳥飼師 4/6, 2018 7:23 PM:「延原先生 今日も有難うございます。今朝は久しぶりの「名古屋版」をUPして、名古屋リハビリテーション病院に出向き、高次脳障害の検査予約をいたしました。来月(5月いっぱい)かけて病院の評価をいただき、それを受けて仕事復帰へと進んでまいります。今日午後にはこうした状況を仕事場にも立ち寄って報告して、元気になっている様子を喜んでいただきました。明日にはまた私たちは神戸に戻ります。懸案の『賀川豊彦と神戸』は早速神戸の賀川記念館のHPの「鳥飼の部屋」に収めていただきました。取り急ぎ。IXIA!! 鳥飼慶陽」)

今日の神戸は冷たい風が吹いて少々寒い感じがいたします。住宅の前の公園のふじ棚は、もう新しい芽が吹きだしつつあります。

菜の花も咲き、クチナシやモミジの新芽が奇麗です。