延原時行歌集「命輝く」(第2706回)(ミモザとアンズとモクレン)

              
  延原時行歌集「命輝く」(第2706回)

  「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」

今朝も先生のメルマガ「風の便り」で届いた「今日の歌」を収めます。

    3月22日

          恩師滝沢哲学顕彰の歌六

 一 原事実「新現在」の産み出しやこれぞ正にや「原受肉」如
   (備考:前者は我が旧稿『哲学の喜び――チェンジの時代に、根底を省察する滝沢語録を読む。』にて発見したる新しき哲学原理《原事実の新しい現在の産み出し》此度の想到と同一の感動なるとは!)
 二 滝沢が「原決定の原生起」言ひしや正に「原受肉」なり
   (備考:「原決定の原生起」『あなたはどこにいるのか――実人生の基盤と宗教』(福岡・創言社、1983年、102頁、参照)に現るる恩師の最大思想なり。顕彰すべからざる偉業なり)
 三 一日中集中全く切らさずや「哲学の喜び」稿を推敲一新
 四 エピログに「我らと共に在す神」証明試論入るる相応し
   (備考:我が傑作なり。恩師哲学不朽の主題「我らと共に在す神」をアンセルムスの神証明の論法により証明なすに至れり。『滝沢克己を語る』(横浜・春風社、2010年所収)
 五 御神の祝したまふや「哲学の喜び」本やぐんと飛翔ぞ
   (備考:かくて『哲学の喜び』ぐんと飛翔せり。全く新しき一書成りたり)
 六 昨深夜楽しかりけり「哲学の喜び」「エピローグ」見事合体
   (備考:まるでスポーツの如し。嬉しや嬉し)
   

昨日は、先生から『哲学の喜び』の見事な完成稿を届けていただき、いちにちじっくりと・・・御礼の返信をしましたら、ご親切次のコメント頂きました。


 鳥飼先生

 拙著『哲学の喜び』に早速のご感想有難うございまして。昼は、新しい歯医者さん、メディケア歯科クリニック(イオン内)に前歯一本の見事な治療をいただきに行っておりました。古いタイプの歯科とは全然治療法が違います。医師と衛生士が複数協力体制で時間をかけて治療下さいます。その間、今の焦眉の課題「原受肉」を瞑想いたします。何とも言えぬ面白い体験です。私の哲学原理《原事実の「新しい現在」の産み出し》の過程を思索し、今日も楽しんできました。

 その結論は、この過程は、初めも中途も、行く先も、私が決定するものではない、という信頼のプロセスだ、という悟りであります。まず初めは、原受肉の主がお初めになります。Pros ton theonの「御言葉」が肉の内におくだりになる。滝沢は、原事実と言われますが、原事実は宇宙の肉でしょう。ホワイトヘッドと共に「倶現」Concrescenceと申しましょうか。その中に、それ以前(before)ではない仕方で、共に(with)在す。だから、そのままにお任せします。

 さて、この方を、この方が「新しい現在」を産み出し、産み出しを受けて御友が共にいますままに聴き尽くし、そのままに私たちに「友よ」と呼び掛けて下さることを、楽しみます。御友は、絶対関係で在す。そういう方として、我々のすべてを抱えて共に、御父へと運んでくださるままにお任せいたします。

 そうして天父(未来)へと飛翔いたします。

 「原受肉」→「受肉」→飛翔。これら三段階を、『ヨハネ』3・16は描いています:For ①God so loved the world ② that he gave his only Son, ③ so that everyone who believes in him may not perish but may have eternal life.三段階を一つのプロセスとして瞑想します。この道は喜びです。

 滝沢先生が「原事実」とおっしゃるのを、私は、《原事実が、その内実が「原受肉」で在すため、「現在」の産み出しに不断に向かう欣求》と捉えます。欣求は御友です。御友は飛翔です。

 この全過程の瞑想が哲学です。哲学は喜びです。

 右、お礼方々
 草々不一
 IXIA!
 延原時行




昨日は雨で甲子園はお休みでしたが、午前中のぶらり散歩で「さんさん花壇」を眺めた後に「ミモザ(アカシヤ)」にカメラを向けていたら、通りがかりの奥さんが「ああ、今年もミモザに出会えてよかった!」と声をかけて下さいました。しばし奥さんとミモザ談義を・・・

その後に、市場までぶらりぶらり・・・公園のアンズの花が満開に近づいてきました。

昼食の後の「ぶらり散歩」では、新湊川方面まで足を延ばして公園の「ジュ―ガツサクラ」や数多くのモニュメントなど・・・・

いま、モクレンが最高です!!