延原時行歌集「命輝く」(第2563回)(須磨離宮公園Rose Festival続き)

              
  延原時行歌集「命輝く」(第2563回)
  「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」

今朝も先生のメルマガ「風の便り」で届いた「今日の歌」を収めます。


    10月29日

           一書成るの歌十首

 一 天地に刻みて書けるこの一書「平安ありて平和なる」かな
 二 一書成る歓びの内しみじみと妻切れ目なき笑みの浮かびて
 三 「本作る父さんやって」言ひし妻己が絶後の笑み増し献ず
   (備考:2014年2月13日北越病院にて祖父江八紀ドクター妻信子にご質問あり、「何したい」。妻答ふ、「本作る」。すぐに我の方向きて、「父さんやって」と続けたり。その意味を我了解す:「己が生死を糧にして本作る、製作者我。父さん実作者やって」との事)
 四 我やしもそれあらばこそ原爆の底に息吹ける命をぞ見む
 五 妻笑みの切れ目なきこそ証しなれ生死一体御友現臨
   (備考:ホ氏も言ひし:”We perish AND are immortal.” [PR, 351, 82] AND=御友なり)
 六 我妻や絶後笑み増し不思議やも深き低みの底ぞ飛翔す
   (備考:復唱)
 七 御友はや実在変転祈求すや「ともあらはれ」ぞ現出歓喜
   (備考:『ヨハネ』17・5=AI, 295、熟読参照)
 八 人よ何故悲しき面もちなすや汝「ともあらはれ」ぞ平和礎
 九 かくて我知りたるやこそ地の平和先ずや天なる平安ありて
 十 妙なるやこの半年の沈潜や短歌神学日記や成れり
   (備考:旧稿二つ「平和基礎学としてのホワイトヘッド平安哲学――神のエコゾイックスと冒険ないし復活形而上学にちなんで」と「西田における哲学と宗教――ハーツホーン、滝沢、トマスとの対話のなかで」に「わが短歌神学日記」合したり)






今朝も穏やかな秋晴れです。

窓も全開、洗濯物も多い目に済ませて、ベランダにつるしました。

昨日も順調に仕事もはかどり、ぶらり散歩でも、上の写真を撮りました。


本日の写真も「須磨離宮公園Rose Festival」の続きです。

「中門広場」のあたり、広く枝を張った大きなクスノキなどあって「和の雰囲気」のある場所をぶらり・・・



大噴水のあるあたりをぶらり・・・



「月見台休憩所」で須磨の海を遠望して・・・



ここから初めて歩くコースに分け入って・・・


すると、今はその季節ではありませんが「花しょうぶ園」のところに出てきて、スイレンの咲く「新池」へ・・・・

大きな錦鯉たちが寄ってきます。



スイレンの花が一輪だ咲いていました。


最後に、この池で甲羅干しをする大きな亀くんを収めます。