延原時行歌集「命輝く」(第2445回)(ぶらり散歩―いつものコースで・・・)

              
  延原時行歌集「命輝く」(第2445回)
  「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」

今朝も先生のメルマガ「風の便り」で届いた「今日の歌」を収めます。

「壮大や」結語の歌の③です!!!

    6月30日

           ③御友神学再説八首

 一 核時代オバマ森氏をひしと抱き共大悲にぞ破られけるや
   (備考:核時代超ゆるもの新しき人間性なり。これ「共大悲」《mutual Karuna》と言ふなり。そこにグローバリズム新自由主義の特権意識あるなし)
 二 原爆の被害者にぞや国籍やなしと言ふやは天に在るゆえ
   (備考:「我らの国籍天に在り」こそ、御友「汝らの天の父至誠なるごと汝らも至誠なれ」との命法の元なる確固たる実在観なり)
 三 ピカドンに幾十万の人や死すたちまち御友天父運べり
   (備考:御友神学ありてピカドン虚無主義あることなし)
 四 我妻や絶後笑み増し不思議やも深き低みの底ぞ飛翔す
   (備考:復唱。我も我妻から学びて底の底飛翔なすに希望の神学溢るや。底実存の底なり。実存滅する時、実存の底なる「太初のロゴス」(『ヨハネ』1・1・第一項)の底なる「神と共なるロゴス」(『ヨハネ』1・1・第二項)我らを抱きて天父御許へと飛翔なすなり。ここに大乗キリスト教あり。飛翔のインマヌエルあり。恩師言ふ「インマヌエル」未だ実存の底の「インマヌエル」なりしも、実存滅するとき、我ら「飛翔のインマヌエル」に在り。嬉しや!)
 五 汝が笑みや生涯の際溢れてや絶後いや増す御友いませば
   (備考:復唱。我妻絶後いや増して御友示せり。御友の証し人なり)
 六 人如何に不遇に死すも御友あり抱きて天父至るや平安
   (備考:平安の至福ありて、核時代の閉塞感超ゆるなり。ホ氏もまた証言せり:”The immediate experience of this Final Fact, with its union of Youth and Tragedy, is the sense of Peace.” ここに平和(地上の具体的平和)歩みを始むなり。すなわち:”In this way the World receives its persuasion towards such perfections as are possible for its diverse individual occasions.” [AI, 296] 地上の具体的平和への指示御友以下の章句にて示せりとは我が深き確信なり:「我が羊を飼へ」『ヨハネ』21・15−17、熟読参照)
 七 平安のありてこそなり平和なる御友祈るや華やぎ世界
   (備考:華やぎ世界、復活世界なり。『ヨハネ』17・5、熟読参照)
 八 誠にや御友神性固定せず祈りて冒険華やがせ父
   (備考:『ヨハネ』17・5の華やぎ世界、復活世界、御友の祈り、冒険世界なり。それ、驚くべきことに、滝沢の原事実世界を祈りにより逆転、復活世界に至らせるなり。そこにてや「ともあらはれ」《its Unity of Appearance》「共同復活」あり。御友との共同復活こそ我が終末論なり。ホ氏の至純の一節最後にまた引かむ:”In this Supreme Adventure, the Reality which the Adventure transmutes into its Unity of Appearance, requires the real occasions of the advancing world each claiming its due share of attention.” [AI, 295]
 




今朝も梅雨らしい朝、それでも洗濯物はベランダにつるして、掃除も窓を全開して・・・気持ちよく・・・若き日からの毎日の修行ですね。

昨日の午後の散歩は、雨のために一階のピロティ―で軽いランニングだけで終わりましたが、午前の散歩は、いつものコースで、少し遠回りをして、帰りには、市場によって買い物をして、ぶらりぶらり・・・・。

本日の写真、その午前の散歩のもので、いつものように寫した順番に並べます。

上は、住宅に咲く「ムクゲ」と「さんさん花壇」の花たちです。

下は、少し離れた公園のわきに咲く花たちです。



そして、昨日アップしたところとは別のお宅の、道沿いに実る「いちじく」とそのご近所の「うめ」と「キウイ」・・・・。



ここにある小さな畑で・・・・



もう少しぶらり・・・



もう一つの公園でゆっくりと・・・・。