延原時行歌集「命輝く」(第2321回)(三上智恵監督作品:ドキュメンタリー作品「戦場ぬ止み(いくさばぬとぅどぅみ)」)

            
  延原時行歌集「命輝く」(第2321回)
「復活の家出発進行――感謝無限の旅一歩一歩」(231−9)痒み退くの歌、忽ちにの歌,中巻成る時の歌、命圏域の歌、以来の歌、実在関係の歌、知るの歌、この秋もの歌、今我やの歌、驚きぬの歌、京の地での歌、新時代の歌、妹背幸せの歌、何の徴ぞの歌、最深問題の歌、朝餉の歌、時代変貌の歌(2015年10月11日〜20日)。

    10月19日
            最深問題の歌十首

 一 日ノ本の最深問題憲法法源にあり「神Ecozoics」なり
 二 この国の歪みや何ぞ原爆を法源とぞや錯誤せしこと
 三 その他のぞ諸々問題枝葉なり「戦後」墓碑銘これ以外なし
   (備考:白井聡『「戦後」の墓碑銘』(金曜日)参照)
 四 この錯誤元はと言へばト氏のぞや偽宣教の核投下なり
   (備考:偽宣教=基督教絶対主義的「代置の宣教学」the missiology of replacementなり。他文明他宗教を 「自己絶対化主義的基督教」にて「代置」せんとの無明のみ「核投下」なすなり。ト氏の錯誤ありて、今日地球上を荒しまわる「核体制」生まれしなり)
 五 一国の法の大元原爆か否そも沈思なせば明瞭
 六 日ノ本の大哲学者西田氏や絶対無こそ場所言ひしぞや
 七 原爆教究極の場所占めるなど不埒なる事誰考ふや
 八 これだけの事をば沈思せばこの国はぞや自ずから佳し
 九 英文稿この問題を宇宙的エコロジーから我詳述す
 十 要するに万法のぞや法源が強制力(coersive forces)にぞ在ることあらじ
   (備考:ホ氏も言へり:”The first phase is constituted by Plato’s publication of his final conviction, towards the end of his life, that the divine element in the world is to be conceived as a persuative agency and not as a coersive agency. This doctrine should be looked upn as one of the greatest intellectual discoveries in the history of religion.” [AI, 166[)

            朝餉の歌六

 一 今朝の歌作りてのちに昨晩の鍋温むや朝餉満喫
 二 あたかもや日ノ本法源西田のや絶対無のぞ場所に見る如
 三 日ノ本に西田哲学在ることぞ原爆超ゆる朝飯前ぞ
 四 国にはや国の宝ぞ在りてこそこれ温めて法源満喫
 五 それにせよ我が英文稿法源を「神Ecozoics」とぞ明らむや佳し
   (備考:むろんその場合思考枠や日ノ本超ゆるなり。Thomas Berry提起せし「Ecozoic Era」の形而上学化にあるなり。ここにてや原爆ごとき地上的問題は夙に超ゆるなり。Divine Ecozoics and Whitehead's Adventure or Resurrection Metaphysicsこそ課題なれば)
 六 英文稿これ一本で核体制地の一挿話過ぎぬ如しや

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今朝も上の歌(10月19日)に加えて、先生のメルマガ「風の便り」で届いた「今日の歌」を収めます。日曜日の「朝の歌」です。

    11月15日
          御友ぞましての歌七首

 一 我が主がや何ぞ我をと叫びし日御友としてや父対します
   (備考:マルコ15・34、ヨハネ15・15、17・5、熟読参照)
 二 父これを聴き給ひてや御復活御友と我ら共に賜ひぬ
   (備考:ホ氏も書けり:"In this Supreme Adventure, the Reality which the Adventure transmutes into its Unity of Appearance, requires the real occasions of the advancing world each claiming its due share of attention." [AI, 295])
 三 我妻や絶後笑み増し不思議やも御友ぞまして嬉々たるやこそ
 四 かくて妻尻上りのや歓びを満面浮かべ御国飛翔す
 五 かく思ふ毎に暖雪我が胸に深々と降るげに深々と
 六 この雪や地球果てまで積り往きポスト核のや時代告ぐるも
 七 英文稿その喜びを夙にぞや一筆なして我開陳す
   (備考: “Divine Ecozoics and Whitehead’s Adventure or Resurrection Metaphysics,” in Open Theology 2015; 1: 494-511)




昨日は、50年近くお世話になっているいきつけのまちの診療所で、年に一度の高齢者検診とインフルエンザの予防注射、そして皮膚科での魚の目の手当てをしていただきました。

午後には片道30分ほどのぶらり散歩もかねて、新長田勤労市民センター大会議室における映画会に出かけてきました。

上の数枚の写真と次の数枚は、往路で出会った花たちや景色です。

コスモスや十月桜・・・そして20年前の大震災の後につくられた「高取山の湧水路」・・・。あいにくの曇天で、雨もぽつりぽつり・・・。



過日は琉球新報の報道部長の方のお話をお聴きしたばかりですが、今回は「標的の村」で知られる三上智恵監督作品第2弾:ドキュメンタリー映画「戦場ぬ止み(いくさばぬとぅどぅみ)」が午後と夜の上映があり、私は午後の部に・・・。

2時間半近くの沖縄の熱い闘いのドキュメンタリーは感動ものでした。今回は「須磨・沖縄の会」の主催で、会場は満杯でした。

映画のタイトルは、辺野古ゲート前に掲げられた琉歌の一節で「今年しむ月や 戦場ぬ止み 沖縄ぬ思い 世界に語ら」からとられているようです。


上は復路の写真です。沖縄にちなんでブーゲンビリアの美しい花をみつけました。

会場では、沖縄の「ドラゴンフルーツ」をもとめて、早速夕餉のデザートに・・・



帰路にであった猫ちゃんも・・・