延原時行歌集「命輝く」(第2240回)(宝田明講演「私の戦争体験ー子供たちに平和な未来を!」)
延原時行歌集「命輝く」(第2240回)
「復活の家出発進行――感謝無限の旅一歩一歩」(224−7)
いと嬉しくもの歌、和平憲法の歌、哲学歓びの歌、今朝も又の歌、地防の歌、これやしもの歌、今日の日の歌、地にも成れかしの歌、我妻やの歌、英文稿の歌、一つ命の歌、時代精神の歌、つらつらとの歌、地の心の歌、日ノ本の歌、御友神学顕現の歌、笑みの底の歌、我が妻幸せ絶頂の歌、我が称名歌の歌、昨晩やの歌、思へばやの歌、一つ心の歌(2015年7月21日〜31日)。
〇(7月27日)時代精神の歌二首
驚きぬ拙著「佛基」や急上昇やはり対話や時代精神(備考:『仏教的キリスト教の真理――信心決定の新時代に向けて』京都・行路社、1987年、1999年、2007年。アマゾン124,266位)
同じくや地防目差して協働すEcozoic Centerカンパ送るや
(備考:"Dear Herman, I have made a tiny contribution to your Center. Cordially, Toki July 23, 2015." "Toki, You made a Very Generous contribution. Thank you so much! Herman July 25, 2015. Center for Ecozics Societies”)
つらつらとの歌十首
つらつらと省みてぞや思ふなり如何に折節導かれきし
何よりも最期の日にぞ我妻や幸や謝してや絶後笑み増す
只中に我や見しなり岸辺の主在して妻と天父飛翔す
復活の省察初巻完成す妻人生と我が思索共
かくてこそ宇宙逆理を我や知る己が命ぞ失ひて得る
只今や中巻編むや大発見御友神学与へられしも
一切の一般理論尊しもこの身迫るや御友ありてぞ
人生や最後の最後変貌す一重に御友在すが故ぞ
我国の敗戦悲劇なりしやも神破れたまふ焦土天籟(備考:対談「昭和二十年八月十五日正午、一体日本人は何を体験したのかーー精神史からの再生 いつかノスタルジイが共有される日:評論家 桶谷英明 / 埼玉大学名誉教授 長谷川三千子」より:『正論』2015年9月臨時増刊号、383−384、406頁参照ーー
長谷川 「あのシーンとした国民の心の一瞬」という河上(徹太郎)氏のこの言い方(注。「ジャーナリズムと国民の心」)は、桶谷さんが『昭和精神史 戦後編』の第一章「占領下二年目」の冒頭に書かれた「昭和天皇の終戦の詔勅を聴いて」多くの日本人が体験した「言葉にならぬ、ある絶対的な瞬間」の相貌をよくとらえているとおもいます。「ある絶対的な瞬間」に人々は何を聴いたのか。
桶谷 「天籟」を聴いたのです。(中略)
長谷川 折口信夫は「神 破れたまふ」と言いました。しかし、イエスの死によってキリスト教が破れたわけではないとすれば、我々の神も決して破れはしなかった。大東亜戦争敗北の瞬間において、我々は本当の意味で我々の神を得たのだと思います。
桶谷 それが確信として日本人に共有されれば、あの「瞬間」の記憶は、保田与重郎風に言えば、「偉大な敗北」となるでしょう。そしてそれこそが、我々が心に痛みを抱きつつ還る原郷を確かめることにもなる。)
永続の敗戦論ず俊英に天籟ありや変貌待たる(備考:白井聡『永続敗戦論ーー戦後日本の核心』太田出版、2013年、2015年、参照)
地の心の歌五首
地の心地防成すまで知られずや近代産業地の心蔑(なみ)す
人権や民主主義とや自由とやなべて地防のありてこそなれ
地上のぞ国や資源の争奪戦何のためぞや虚栄超ゆるの
人類や地球法制見極めよ地ありて汝在るや理(ことわり)(備考:地球法制:Earth Jurisprudenceに尽きては、拙著『宇宙時代の良寛再説ーーホワイトエッド風神学と共に』、233頁、参照)
教皇の回勅唱ふエコ統合地の心とぞ民心合す(備考:教皇フランシスコの回勅、6月18日付、「ラウダート・シ」"Praised Be: On the Care of Our Common House" (Laudato Si)は「統合的エコロジー」integral ecologyの主張に立つ:”Healthy ecosystems depend on a just economy that results in equity.”)
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今朝も上の歌(7月27日)に加えて、「今日の歌」を収めます。
延原さんの「復活の省察」は、日々詠われていますように、延原哲学的神学と知られる「至誠神の神学」が、御友の祝福のもとに顕現した奥様の「笑み増し」の出来事を受けて、ここに「御友教」「至誠教」へと進展してきました。
延原さんは、若き日からの「仏教とキリスト教の対話」をめぐる神学的・哲学的な対話を、営々と今日まで継続深化されて、注目されてきましたが、いまもこうして良寛の聖地である越後の地にあって、英文と邦文の諸著作を次々と発信して、新しい対話を進めておられます。
毎日じっくりと閲読・学んでいただいている皆さんも、だんだん多くなっているようですが、このところの延原さんの省察の歌は、いっそう明晰判明に、「仏教(空)とキリスト教(神)」を「御友」の称えのなかで詠い続け、その晴朗な深い喜びの讃歌は、今日も新しい「朝の歌」として届けられました。
〇(8月23日)日ノ本基教復活の歌十五首
日ノ本の戦後基教ぞ哀れなり原爆教の宣教背負ふ
これひとえ佛基対話を基教のぞ出発点とせぬが故なり
基教をば基教世界で見るならば基教絶対主義ほかやなき
而してや原爆教ぞその形されど復活空至誠にぞ
御神や空至誠にぞましてこそ至誠たれとの命法具現
これやこそ御神復活道にして「神見て伝ふ」御友具現す (備考:ヨハネ15・15、マタイ5・48、熟読参照)
原爆教日ノ本殲滅戦略や如何にも無残佛基みざるや
仏教の空に御神至誠ます御友「汝もや至誠なれ」とぞ (備考:マタイ5・48、熟読参照)
人よ知れこれぞ日ノ本基教のぞ復活の道御友顕現
基教はや果ての姿や原爆教いま空至誠御神御声ぞ
これやこそ復活省察Phase 2我妻笑みて御友顕現
くにたみの心に響くなにごとも基教持たぬはピカドンのゆえ
これ超ゆる空至誠なる御神のますこと伝ふ御友真実
原爆教二千年余の基教のぞ輝く伝統汝毀(こぼ)ちたり
我らいま御神空にぞ至誠まし至誠なれよと喚(よ)ばる目覚むや
超ゆの歌三首
我妻の絶後笑み増す不思議にぞ打たれしや我原爆教超ゆ
絶後にぞ笑み増す妻や御友共原爆教の火中にやなし
原爆教超ゆるものとて何あらむ我妻の笑み復活の笑み
新基教の歌七首
宗教間対話なき時いかほどや恐ろしき基教ありしかや知る
広島と長崎にぞや原爆を続けて投下偽宣教ぞ
これにてや日ノ本の人基教とは原爆教と肝に銘じぬ
真実の基教や何ぞ我や知る(一)神空至誠(二)至誠なれとぞ
佛基のや対話最中に生まれたる至誠教こそ新基教なり
御神の「空至誠」をぞしかと見て「至誠なれや」と和するや御友 (備考:マタイ5・48、熟読参照)
従ひて至誠教とは御友教如何に嬉しき新基教ぞや
何かしらの歌三首
何かしら心動きて昨日や「復活省察」友に送りぬ
生くるとは深き淵より共々に甦ること喜びてこそ (備考:復唱)
我妻の絶後笑み増し溢れ往く我らが一書贈る嬉しも
脈々の歌十首
このところ憲法法源思索すも御神空に至誠こそそれ
空にぞや至誠御神おはしてや「至誠なれ」との命法や出づ
一切の法の源これやこそかく覚りてや憲法や見ゆ
なにゆえに国の独立先んじて我が憲法を異国(ことくに)や作(な)す
これやこそ根本的の問題ぞ法源その際原爆なりき
異国の有無を言はせぬ力誇示ありてこそなり憲法の怪
されどもやこれ宇宙のぞ理に非ず御神至誠脈々と生く
御神の至誠喚起ぞ憲法の民主諸権利含み脈々 (備考:これ原爆教にも拘らず、至誠喚起に直属すなり)
御神の至誠喚起に民主価値直属するや憲法や善し
米国や「憲法」施与に直属を従属へとの意志や込めたり(備考:御神の至誠喚起に「直属」せる民主諸価値を米国は「米国由来のもの」として対米従属を画したるなり。憲法前文も同様の仕掛けなり。考ふべし)
〇(8月24日)(上の歌の)補遺の歌四首
しかれども如何なる意志を持たうとも我ら学びて栄養を得し (備考:これ我ら米国との同盟にて得し御神の御恩寵なり)
従属に見へし我が国戦後史も御神至誠直属のさち
「空至誠」佛基対話を通じてや日米豊潤齎しにけり
恩師カブ「対話を越えて」拙訳に力尽くせる日々ありてこそ(備考:ジョン・カブ著、拙訳『対話を越えて――キリスト教と仏教の相互変革の展望』(京都・行路社、1985年)出だせし、嬉しも)
○(8月23日)朝まだきの歌二首
朝まだき我起き出でて歌作る胸暖かき雪ぞ降りつつ
歌作り心深くぞ掘り出せばそのうちにぞや宇宙明瞭
今日から地元では「地蔵盆」で賑わいます。
長田の裏町のあちこちで昨日のうちに飾り付けが終わっています。
幼い子供たちは、夕方になると袋を手にして、お地蔵さん巡りをして、お供えのものを分けてもらいます。
かつては、お祭りのような盛り上がりで、やぐらの周りには、たくさんの踊り手があつまって夜中十踊りあかし、熱気と活気がありましたが、現在は住まいの環境も整って、落ち着いた街になって、静かな地蔵盆になってきています。
ところで、昨日の午後は、三宮からポートライナーに乗って「市民広場駅」まで・・・
そこの「神戸国際会議場」でちょっとかわった集まりーー「憲法は宝だ集会」ーーがあって出かけてきました。
上の写真は、ポートライナーで撮った海と会場のひろばにある「時をつげるモニュメント」(神戸と姉妹都市のシャトル・ロッテルダム・天津などの人形と音楽が流れ時を刻みます)です。
長く神戸で暮らしていますが、今回はじめてこのモニュメントの前に立ちました。
ひろい立派な会場は満杯でした。
司会役の小山乃里子さんの爽やかなおしゃべりも久しぶりでしたが、今回のお目当て――宝田明さんの語りと歌は、やはり天下一品!
敗戦を満州ハルピンで11歳の時に迎えた時のすさまじい体験や、一家5人着の身着のまま新潟の村上町に引き上げ、母が新発田から魚を買い入れて行商を始めた少年のころの話からはじまって・・・・。
神戸女学院大学の石川康宏さんのお話や若者たち(SEALDsKANSAI、SADL)の発言もあって、面白い集会でした。
宝田さんの日野原重明・澤地久枝との共著『平和と命こそ』のサイン会もあったりして・・・。
彼はいま81歳、−−80歳は傘寿、81歳は将棋盤の9×9から「盤寿」というとかの枕のはなしもおもしろく・・・・。
帰路、来客といっしょに、なじみの「はたごや」さんで、ちょこっと・・・・。