延原時行歌集「命輝く」(第2158回)(アジサイの季節ですね)

                      

        延原時行歌集「命輝く」(第2158回)
「復活の家出発進行――感謝無限の旅一歩一歩」(213−7)この成果の歌、Friends!--From Father、告げし折の歌、中巻やの歌、活写の歌、もしもぞやの歌、東西プ研企画の歌、我妻やの歌、友の断想の歌、進境やいざの歌、此度はやの歌、笑み二つ輝くの歌、御文ありの歌、従順の君の歌、我言はんの歌、イエス其処より「友よ」の歌、ぽつりぽつりの歌、入来の歌、歌と笑みの歌六首、霊感凄しの歌。(2015年4月11日〜20日)

    4月17日
        我言はんの歌・「友よ」神学の道九首

   我言はん主イエス「友よ」を現実化なし給ひしや父子ひらけへと

   源や「父に聴きし」にあるやなり徹底的に従順の道

   主イエスはぞインマヌエルを現実化成せしに非ず「友よ」をぞなり

   「友よ」とは復活助走なさしむる麗しき道イエス道なり

   而してや復活本走岸辺主と往く道やこそ妻笑みし如

   滝沢の第二義にはぞ原事実往く繫がりや無きに非ずや
(備考:先生「イエスに縛られぬ」言い給ふゆえなり。神人の第一義の接触と第二義のそれを区別成すことは、両者間の「繫がり」を明示してこそ意義あるなり。区別のみにてや、基督信仰を危殆に陥れる危険あり)

   正にぞや「繫がり」こそや「友よ」にぞ籠め給ふこそ従順の君

   我言はん「友よ」神学生くることイエス生涯の道やこそなれ

   人友のために命を捨つるこそ愛なりと言ひ生き給ひけり
   (備考:ヨハネ15・13→マルコ10・45、熟読参照)

         イエス其処より「友よ」の歌七首

   主イエスがや「友よ」と呼ぶや我らはぞ僕よりして解き放たるや

   何故ならば父から聴きし事なべて分かちて教へ給ひたるゆえ
(備考:ヨハネ15・15:「わたしはもう、あなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人のしていることを知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼んだ。わたしの父から聞いたことを皆、あなたかたに知らせたからである。」)

   しからばや我友方と神学び成すをいかでか禁じ得るやも(備考:本日午前鈴木孝二氏来たり『復活の省察』[上巻]と「友よ」神学共学びせり)

   神学び先ずイエス成し我ら告ぐ太初栄に往かんとぞやと
(備考:ヨハネ17・24:「父よ、あなたがわたちに賜わった人々が、わたしのいる所に一緒にいるようにして下さい。天地が造られる前からわたしを愛して下さって、わたしに賜わった栄光を、彼らに見させて下さい。」)

   神学びイエス成してぞ「友よ」とぞ呼び給ふなりイマヌエルより
(備考:「ロゴス神と共なりき(pros ton theon) 」の処(ヨハネ1・1・第二項)から神に聴き給ふゆえなり)

   イマヌエルイエスに於て初めてぞ成るに非ずよイエス其処より
(備考:其処よりとは「ロゴス神と共なりき」のまま「太初のロゴス」成す其処よりなり)

   イマヌエル太初より在りイエス告ぐ告ぐる麗し「友よ」の世界

             神学びの歌四首

   日々に歌論文友に贈りてや神学びなす如何に嬉しき

   神学び先ずイエス成し友と呼ぶ人の成すやはそれ真似びてや

   神学の思考やこれぞイエス道人成すそれぞ枝のまた枝

   神学び人が誇りて成す時や友イエス見ず目線上より   (備考:これ虚仮不実なり)


         ♯             ♯


今朝も上の「4月18日」の歌に加えて「昨日の歌」より次の七首を収めます。


         〇(5月30日)発見ほのかの歌七首

   此度のぞ英文稿をなす中でホ氏の主著のぞ発見ほのか
(備考:『過程と実在』末尾に何やらアンセルムスの「信なくとも神の照明あり」に似たるもの感得せり)

   神のぞや存在中に在るや何物自身のや変容やこそ

   どうもホ氏アンセルムスの照明と言ひけるものを遂に見しかな

   要するに信や不信の諸相より尊きものぞ神存在に

   この発見次の五年の基礎ならむ此度拙稿五年の成果

   神学び続け行くうち御心の少しずつ見ゆ我が日我が時

   なかなかに一気にはぞや見へはせぬ発見ほのかいざ掘り行かむ


補記  さらに「今日の歌」をここに収めます。


       〇(5月31日)中にてのことの歌十首

   この世のぞ思惑如何に烈しくも所詮復活中にてのこと

   人如何に悲惨なるとも御友のぞいのち与る逆転や満つ

   御友のぞいのち与ることなくばこの宇宙にぞ何の縁(よすが)や

   イエスにぞ縛られずとぞ言ふ人もあるを知るやも命見ぬ仕儀

   いのちとは不動の動者非ずして冒険ありて悲惨容るるぞ

   神こそや冒険なさる御仁ぞや御友歴々苦しみ飛翔

   我妻や絶後笑み増し往きしはや御友一切容るる見し故

   この世のぞ一切容るるいのちこそ御友御心不一不二なり(備考:その心是なり:「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。」ヨハネ3・16、熟読参照)

   原事実在りて一切完結か否冒険の御友宇宙ぞ

   此度はぞ御友宇宙の中心と英文稿に詠ひたるなり
(備考:拙稿"Divine Ecozoics and Whitehead's Adventure or Resurrection Metaphysics in Tandem with Ryokann"なるや大歓喜!これ御友神学の宇宙論的エコロジカルなる論証なり。我が大傑作なり。これ我妻の絶後笑み増しに見しものの言挙げなり)




日ごとに弛まず彫り続けて歌に詠い、前進してやむことのない延原さんの毎日を、こうしてブログの読者と共に学びつつ、新しい朝を迎えることのできる歓びは、かえがたいものがありますね。

上に詠われている延原さんの大きな目覚めは、私たちの暮らしの芯を一変させるパワーに気づかせられます。


日本列島もいま、大きな揺れに揺れています。五月も本日でおしまい。昨日は、予期せぬことに、今週週末(6月6日)のお話「賀川豊彦明治学院の関係について」の準備もズンズンはかどり、気分上々・・・。

本日の写真は、ぶらりご近所のアジサイの花たちです。六月はアジサイの季節ですね。