延原時行歌集「命輝く」(第2071回)(ぶらり山登り・須磨浦公園山頂へ)

                  

       延原時行歌集「命輝く」(第2071回)

「復活の家出発進行――感謝無限の旅一歩一歩」(204−9)人や見給うの歌、眉一つの歌、事の次第の歌、我が歌の歌、木漏れ日の歌、笑いかけの歌、笑み語り・笑み増しの歌、妻の事の歌、ひらけへのひらけ甦りの歌、いのち変貌の歌、我が思ひ三面の歌八首、漸くにの歌、世界更新の歌、師友の御文有難しの歌、沁み語る不思議の歌、我妻やの歌、阪神淡路大震災復興二十年の歌、この朝もの歌、復活の妙の歌、短歌神学の歌、甦り実にの歌、この務めの歌、車中の歌、基教問題と称名の歌、我や知るの歌、思ひこへの歌。(2015年1月11〜20日

    1月19日
             この務めの歌三首

   この務め死なぬことには達し得ぬ喜びて妻笑み増し往けり

   我妻や絶後笑み増し往きたるは御国の証し立つるためなり

   かく詠ふ我が心には暖かき雪ぞ降るなりいと嬉しくも

            車中の歌(昨日)五首

   雪止みて麗(うら)らかなるや今日の日やジュンク堂行く車中歌書く

   日ノ本の歌人(うたびと)こそや幸なるよ歌作りてぞ名刻まるる

   恐らくや世に基教ぞや在る限り此度の一書読まるるを得ん   (備考:復活書なるが故なり)

   恐らくや世に日ノ本の在る限り此度の一書読まるるを得ん
   (備考:歌の書なるが故なり)

   誠にや永久なるものは甦り日ノ本にてや歌とこそ知れ

            基教問題と称名の歌三十四首

   (一)恩師と我妻の歌

   恩師がぞかつて受洗に顕わせる基教問題妻笑みて解く
(備考:インマヌエルの原事実は聖書とキリスト教会の壁の内に顕われたるも、その壁の外側(例へば、仏教、西田哲学)に於ても示されたりに非ずや。そのこと基督教の公の声から認知されざれば洗礼受けぬ、ーーと恩師明言されしなり。「バルト神学になお残るただ一つの疑問」『著作集2』法蔵館、1975年、459−464頁。恩師の問題は、その結果、以下の帰結に至りけり:「わたくしの個人的経験がどうあろうとも、キリスト教的信仰の事柄そのもの(Sache selbst)からして、つぎのことは明白であるように思われる。すなわち、主なる神、苦難を受ける僕としてのその姿、『神われらとともにいます』という根本的事実は、問題がわたくしたちの信仰と認識ではなく、かれ自身の存在と活動にかかわるかぎり、一厘一毛といえども聖書に、イスラエルの伝統にもキリスト教会の伝承にも、拘束されないということがそれである」(455頁)。この問題我妻絶後笑み増しひそと解き往く)

   滝沢の「拘束されぬ」そも何事ぞ繫がりにぞも謝せずと言ふや

   かく言はば彼に於てや中間項受肉は実にも軽しめらるる

   受肉はぞその深み無し人たるの第二義のぞや接触意味す(備考:滝沢哲学において神人接触の第一義インマヌエルの原事実なり。第二義の接触人におけるこの映しなり)

   ここにてや恩師ひとえに牧歌的変貌の急感じ給はず

   されど人変貌やあり滅するや十字架と陰府落つる主佑く

   我妻や絶後笑み増し不思議やも深き低みの底ぞ飛翔す   (備考:復唱)

   (二)恩師とバルトの歌

   恩師言ふ神人一体イエスにて初めて生起せしに非ずと

   原事実イエスに先行せることをバルト知らずや区別なすべし

   かくてこそ根源論の時代ぞや盛んなりしも恩師活躍

   さりながら根源論に隘路あり根源の内逆理在る見ず

   根源や根源論に非ずして根源徹せばその底往くや(備考:滝沢根源論:「インマヌエルの原事実にまったく単純に規定されて、彼自身の身は深い低みに置かれており、そこに与えられた聖なる限界の背後に歩み出てさらに深く下降することはできもしないし、またしようともしないのである」『純粋神人学序説』創言社、1988年、274頁。人間の根源「太初の言」[ヨハネ福音書1章1節第一項]なるも、その底にこれを包括する「神と共なる言(pros ton theon)」[同第二項]あり。恩師このことに触れ給はず。恩師の「根源」は常に「太初のロゴス」なり。太初のロゴスにとりて天父は基なる故、自らを永久に根源と成すこと不可なり。ここにて御子謙り「ケノーシス」に生き給ふなり。これキリスト論の妙味なり。バルトそこを「御子の従順」der Gehorsam des Sohnes Gottesとその和解論にて明らかにせしなること著名なり。滝沢これ尊重せず)

   我妻や絶後笑み増し不思議やも深き低みの底ぞ飛翔す
   (備考:再復唱)

   かくてこそ新時代ぞや到来す変貌論の時代やこれぞ

   変貌の核やこれなり主イエスのぞ祈りや底ぞ父子ひらけ往く

   滝沢や拘束やなし言ふなれど岸辺の主共妻や飛翔す

   共飛翔これぞ復活醍醐味ぞ此処にて恩師「自由」欲すや   (備考:己が主体性のことなり)

   この自由そも何なるや問ふてみよ原事実にぞ「向かふ」やとぞ

   結局や滝沢の欲せしものや何なるか縛られざるの学の確立   (備考:学即ち「インマヌエルの原事実」学なり)

   往復の書簡本出でバルト言ふ「汝我が脇を通り考ふ」
(備考:バルト「つまり、あなたはいつもほんの少しばかり私の脇を通り過ぎて考えまた語ったということです。――あなたが「教会の壁の内と外におけるキリストの支配」の関係に関して私を探しまた見出した所には、私はいないのです。ーー今日、教会教義学第二巻第二分冊(この例としてだけ挙げましたが)を虚心にもう一度よく読んでみてください。そうすれば、あなたの目に直ぐ明らかになることですが、ともかく私の理解では、イエス・キリスト預言者や弟子たちの虜にされてはいないし、いわんや彼の教会の虜にされているのではありません。そうではなく、この世界の主にして救い主として包括的に理解されているのです。キリストがキリスト者にのみ属しているのでは決してなくーーしかも決して第一に属しているのではなく!――むしろすべての人間に属している、何故ならまさしく彼にすべての人間が属しているのだから、ということを知るために、人は――そういうことは稀にしか起こりませんがーー恐らくたいへん謙遜に、かつ控えめに(洗礼を受けて!)キリスト者になるべきです。それ故に、あなたが今もなお、あの「問題」を私やキリスト教会に向けざるを得ないということは、私にはとうてい考えられないことなのです」前掲書、165−166頁。これ我「包括的ロゴス」[ヨハネ福音書1章1節第二項]と言ふものなり。これ滝沢言ふ「太初のロゴス」[同第一項]包むなり。滝沢「太初のロゴス」と世界常に考ふも、それらを包む「包括的ロゴス」「父子ひらけ」考えねば、およそ滅して不滅とは、ホ氏の如く、言へぬなり。我妻の如く、絶後笑み増し御国往くこと叶はぬなり)

   バルト言ふ帰属なしには受洗なしいのちの主にぞ繋がりて往け   (備考:同書、165頁、参照)

   滝沢やあくまでも自由評論の道やあれとぞ原事実向ふ

   一切の解除されたる歓びの復活主との共往きぞ無き

   恩師はぞ深き低みに執してぞその下ぞ無し言い給ふなり

   されどもや底の底ぞや在らずして滅する我らいずこに不滅

   我妻や絶後笑み増し不思議やも滅して不滅岸辺立つ主と

   それはしも一にかかりて原栄光主の祈りにて華やぐるゆえ(備考:ヨハネ福音書17章5節、熟読参照:「父よ、世が造られる前に、わたしがみそばで持っていた栄光で、今み前にわたしを輝かせて下さい」。華やぎ復活なり)

   原栄光ただ在るには非ざるよ不断に生成イエス祈るや

   原栄光天父応ふる華やぎに移し給ふや復活ぞ実に

   恩師はぞ原事実とやイエスとを区別せし佳し祈り見ぬ悪し

   主の祈り主のイエスとぞ祈りしや受肉の底に叫び給ひつ

   下へとぞ降り給へる独り子や祈り天父の御答へや在り

   下ればや昇る御子道復活の尊き道や妻笑みつ往く(備考:ピりピ書2章1−11節、熟読参照:「おのれを低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられた。それゆえに、神は彼を高く引き上げ、すべての名にまさる名を彼に賜わった」)

   故にぞや御名崇むこそ御父の「命名過程」「主」とぞ誉む道(備考:マタイ6・9にある「天にまします我らの父よ、御名を崇めさせ給へ」とは「父の命名過程」なる、ピリピ2・6−11の「御子の卑賤従順→主たるの命名」の称名讃美のことなり)

     
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「1月19日」の「四十二首」に加えて、延原さんの今朝の歌の一束を収めさせていただきます。

          〇(3月5日)御国往くの歌八首

   我らが主友よとぞ呼び召されしは父子ひらけのぞ御国往くため

   恩師がぞ原事実向ふ言ひし時何やら学究響きありたり

   我妻や絶後笑み増し往きし時喜色満面宇宙輝く

   岸辺の主伴ひ往くや明らかに友遇するの恵み満ちたり

   往くやこそ宇宙人生なべてのぞ力学なるよ一刻も動

   人方よ汝がくさぐさの憂ひ事げにも「往く」にぞ包まれけるや

   往くとぞやそも言ふ以上妻絶後岸辺の主共笑み往きしなり

   妻よ汝笑み増し往きて本出して歓び満る有難きかな


まだまだ北風の冷たい日々が続きます。今晩は綺麗な満月が輝いてくれるそうですよ。

昨日は少々寒い一日でしたが、須磨浦公園から山頂をめざして山登りをしました。たまたま登り口で、幼い園児たちの一行と重なり、ときおり別の小道を上ったりしながら、ゆっくりと山頂まで・・・。幼子たちの元気な声を聴きながらの山登りも、なかなか面白くて・・・。須磨の海に向かって「やっほー! やっほー!」と叫んでいるのもおかしくて・・・・。

お目当ては、少々歩いて旗振り山の梅園の梅未見物ですが、本日の写真は、登り口から山頂までの数枚を収めます。