延原時行歌集「命輝く」(第2054回)(高取山・「中の茶屋」の梅など)

                  

       延原時行歌集「命輝く」(第2054回)

「復活の家出発進行――感謝無限の旅一歩一歩」(203−3)
新春信子入来の歌、復活宇宙の歌、復活宇宙の歌、中枢感覚問題の歌、証しの歌、誤訳教落つの歌、ジュンク堂楽しの歌、信子甦りの歌、暖雪の歌、今生増すの歌、悲しとやの歌、夢のうちの歌、歓びの歌、深み高みの歌、いのち道の歌、初春やの歌、未だ見ぬの歌、復活二道の歌、基教貧しやの歌、ゆったりとの歌――歓微笑雪をめぐって、悠然との歌、そもの歌、ふとの歌、恐らくやの歌、笑み里の歌、一切逆転の歌、御旨随(まにま)にの歌、神やこその歌、「友とす」の歌、我らが書の歌。(2015年1月1〜10日)

    1月2日
             中枢感覚問題の歌十首

   我妻の絶後笑み増す一目見りゃ復活の解会得凛凛
   宇宙にや今生でもや死でもなき笑み増し世界あると我知る   (備考:これ復活世界なり)

   誤訳はぞ「他人よりも我愛するか」今生の場を一歩も出ざる(備考:ヨハネ21・15のこの訳=日本聖書協会訳も新共同訳も=そもそも今生を絶する復活世界を何も知らぬこと暴露せり。然らばそもそも基督教の源一切知らぬいふことなり)

   今生の事しか知らぬ身柄にて復活聖句訳せる思ふや
   人のぞや生き死にの事扱ふに妻笑み示す事知らぬとは

   これはそも感覚のぞや問題ぞそれ知らぬまま何故に信徒ぞ
   基教のぞ信仰根幹曲げ措いて汝翻訳者とぞ名乗るなにゆえ

   只事であるとぞ思ひ違いすな主の御言葉を自己中とせしよ
(備考:「他人のなすよりも我を愛すか」などとは自己中人間の言ふ言葉ならずや。主基督をかかる自己中と汝思ふや)

   汝が訳はメタバシス(問題転移)をぞ含むなり復活世界今生となす
   復活の世界に於ける最大事総体解除なくて帰依なし(備考:「マルコ8・34−38」の矢「ヨハネ21・15」に至ること著し。帰依=愛(アガペ)。因みに、恩師滝沢哲学に「帰依」の一語なし。以下は有名な箇所なり:「それに対して、純粋な神人学は偶然的・一回的に与えられたナザレのイエスもしくは聖書という形態に助けられ導かれはするが、しかし束縛されはしない。むしろ、生ける道標としてのこの形態に導かれて、もっぱら道、真理、太初のロゴスに向かうのであり、バルトと共にいうならインマヌエルの原事実に、永遠に新たな、絶対的に不可分・不可同・不可逆な神と人間の関係に向かうのである」(福岡・創言社、1988年、272頁)。ここには「向かう」と言ふ表現があるにせよ、向う際に「総体解除」を意味する語あるなし。従ひて、向うものに「帰依」せず。従ひて、ここに復活過程なし)

                証しの歌十首

   我妻の笑み増しほどの凛呼たる復活主への証しあるなし
   生くる死ぬ大問題と言ふ間にや笑みつ証しを成すや大事ぞ
   何故ならば宇宙に在るは三層ぞ今生と死と滅して不滅

   ホ氏これをWe perish and are immortal.とぞ表記有難き事"and"にぞ在る   (備考:PR=Process and Reality=, 351, 82.)

   我妻や滅したる時笑みたるやこの"and"滅して不滅の間主ぞ
   ホ氏の言ふ”and”にこそや笑みたるや我妻信子誠偉業ぞ
   我ら知る主の復活はこの宇宙第三層の秘儀や成すなり

   汝人よ生くるや死ぬや語りても第三層を見ねば果敢無し
   (備考:第三層を見ぬ人遂に果敢無し)

   第三層岸辺の主とぞ笑みつ往く我妻に在り歓喜深甚   (備考:なあ、ノーちゃん。そう、父さん、有難い、有難い)

   朝まだき我が胸中に雪ぞ降る暖かき雪歓びの雪

       ♯               ♯

今回も多くの歌を収めることができました、今朝も延原さんより届いているメルマガ「風の便り」にある歌ーー「宇宙知るの歌」−−を一首収めます。

   我妻の笑み見るだけでこの宇宙今生超ゆるひらけとぞ知る

いま進めている「延原時行説教集」の下準備で、敬和学園大学時代の2冊の説教集(『三分間のおとずれ』『地球時代のおとずれ』)に加えて、2000年5月に刊行された『逆転のおとずれーー聖書と人生をめぐる四十章』(パイロット版)のテキスト化を楽しんでいますが、これは敬和学園大学が創立10周年を迎えようとするときで、北垣宗治学長の次のことばも輝いています。

 「日本でいちばん新しいキリスト教主義大学である敬和は、21世紀にむけて、壮大なヴィジョンのもとにこれだけのことができるというブループリントをしましたもの・・・」


延原さんの詠いつづける「逆転のおとずれ」の真骨頂は、ただいまの「復活の省察」で、日に日に明晰さがまして、面白くなっています。


本日の写真は、今年はじめての高取山のぼりの最後で、復路「中の茶屋」の盆梅などを収めます。ここの御主人は、ここで裏のひろばで風蘭を育てることを楽しみにしておられますが、いまは茶屋のテーブルに、見事な梅を咲かしておられます。ここでゆっくりとビールと特製のうどんを御馳走になって・・・。



茶屋に置かれている蘭も添えます。


景色や木々も数枚・・・