延原時行歌集「命輝く」(第2027回)(特養「駒どりの郷」起工:新春のつどい)

                 

       延原時行歌集「命輝く」(第2027回)

「復活の家出発進行――感謝無限の旅一歩一歩」(200−6)
朝まだきの歌、情熱の歌、友ありて、今の歌、友情深甚の歌、笑み道の歌、良寛禅師大変貌の歌、笑み佑くの歌、命二齣の歌、雪深々の歌、ご近所様の歌、著作とはの歌、昨晩の歌、それにせよの歌、「この時代に復活主の御声」の歌、神意の歌。(2014年12月1〜10日)

    12月7日
              ご近所様の歌三首

   大雪や雪掻き奮闘せる我もご近所様のお助けに泣く
   (備考:これ昨日の事なり)

   起き出でて門にお人の気配あり黙々とぞや雪掻くる君   (備考:今朝の事なり。「車出せるように」と)

   寒いから中に入れと御方や我を制して尚黙々ぞ

              著作とはの歌七首

   著作とは生涯をぞや十分に入れて成すもの悲惨あるとも

   正しくぞ悲惨の中で歌ひつつ生くる姿ぞ妻笑み示す
   その姿心の底にひろがりてなべて包むやそれ書くや我
   今更に書き始むことなかるべし半世紀前無者我書きし(備考:『雄鹿』『BAMBINO』我が命なり。無者修行中に書けり。熱誠の友の御蔭にて今我がブログ著作集中にあり)

   我の中無者甦り我として今在るやこそ誠可笑しや

   悲惨中箴言作る妻にこそ我は激励惜しまざりしよ

   文学は正にそれなり悲惨中悲惨を詠ひ我甦る

    12月8日
              昨晩の歌八首

   大雪も収まりたるや今晩は鱈鍋しっかり仕込みたりけり

   鱈に豚白菜長葱寒鰤や揃ひしところ豆腐入れ佳し
   寄せ鍋のつゆを入れたる大鍋にこれら注ぎて煮上がるを待つ

   煮上がるや大根おろしを摺りだしてぽん酢七味と醤油入れおく

   温かきコシヒカリのぞ飯も炊けどれ夕餉にと向かひたらむも

   熱誠の友にTELせりいかほどにご近所様に助けられしか

   深夜にはメール便あり新しき謹呈三部活用なさると
(備考:伊丹教会島本健二氏ご芳書12月7日付:「本日午後、再度お送りいただきましたご本を落手いたしました。このご配慮によって、私共が計画中の学びがさらに行き届いた、実のあるものになると喜んでおります。有り難うございました。/ 先週いただきました、先生の私共へのお気持ち溢れる御書簡は、そのままコピーして、礼拝に集った一人ひとりに手渡したうえ、私からも、このたびの行き来の意味を私なりに伝えました。/ インマヌエル研究会を、12月28日に開催いたしますので、そこで、来年初頭の会合での学びについて決定いたします。これまでとは、一歩も二歩も趣の異なったものになるはずで、参加者の顔がどのように輝くか、大層たのしみにしております。先になりますが、良いご報告が出来ればと期待しております。島本健二」 ご返事12月8日付:「島本健二様 再送謹呈三冊お歓びいただき嬉しく存じます。そうですか、貴インマヌエル研究会は、12月28日に例会開催され、来年からの学びの方向を決定されますとのこと、主の御導きと御祝福をお祈り申し上げます。私どもの書物『復活の省察・上巻』になにがしかの意味があるといたしますならば、それは復活が宇宙的事件であること、そして、この事件に我々信徒一人一人が自分も招かれている事態であること、ヨハネ福音書21章15節の現行訳は、日本聖書協会訳のも、新共同訳のも、(「ヨハネの子シモンよ、あなたはこの人たちが愛する以上に、わたしを愛するか」。「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか」)、世紀の誤訳であること、正しくは「これらの物(注。舟や網、ペテロの旧来の生業漁業に関する一切の道具、延いては宇宙の諸多性)よりも 《我》(注。宇宙の中心基督。ヨハネ福音書8章58節に明らかにされている「アブラハムの生まれる前から私は居る」と言う《我》)を愛するか。」であること、そのことの意味していることは、日本のキリスト教は、少なくとも公的な文書(聖書の翻訳)において、復活をまだ正しく受け入れていないキリスト教であること、――をあきらかにしていることである、と言えましょうか。/ 復活に関する日本のキリスト教の感覚は、世界のキリスト教会では、異常です。先年亡くなられた、私も親しくしていただきました、宗教間対話の先駆者ベルギー出身のヤン・ヴァン・ブラフト神父は、その著、金 承哲・寺尾寿芳編『宗教間対話に導かれてーー京都学派・仏教・キリスト教』(名古屋・南山宗教文化研究所、2014年)の中で、復活に関して、以下のような発言を残しておられます:「さて、キリスト教の死と死後の思想から話題を導き出して、少し皆さんにご紹介しようかと思います。さて、キリスト教にとって最も重要なお祝い、祝日、祭りは、何でしょうか。それは復活祭です。しかし、人々は、キリスト教徒いがいはもちろん、ときにはキリスト教の内部の人でも、たいていの場合、「クリスマス」でと答えます。クリスマスは花祭りのような祝日で、キリストの誕生をお祝いします。つまり、マリア様とその子どもをおまもりする祝日です。しかし、実のところ、キリストの死、そして復活を記念する復活祭こそが、ほんとうに中心的なお祝いです」(363頁)/ ご参考までに。 右、御礼方々 草々不一 IXIA! 延原時行)

   変貌論推敲さらに進めては完全期する一日も了   (備考:第五章 短歌神学日記の一齣 整備しつつあり)


        ♯              ♯

暦の上では今日は「大寒」ですが、神戸は穏やかな日和の朝です。少し多い目の洗濯と掃除を済ませて・・・。新しい一日がはじまります。

春の到来はまだまだですが、少し遠めの散歩もいいのかな、などと・・・・。

本日の写真は、特養「駒どりの郷」起工:」新春のつどいのものです。このたび着工された特養の場所には、すでに医療法人・神戸健康共和会の運営になる「いろどりの家・大池」の働きが始まっており、「新春のつどい」もこの場所で開催されました。

これには地元の皆さんをはじめ「地鎮祭」に参列された工事関係者など満席となり、ひろく海外でも交流の輪をひろげる「民族歌舞団花こま」と一緒に、楽しいひと時を過ごしました。



上の写真は、上田耕蔵理事長と宮野孝子専務ですが、地元関係者などのお祝いのことばと共に、めでたい餅つきのあと、みなできなこ餅を、たっぷりと頂きました。