延原時行歌集「命輝く」(第999回)(「白露の朝」、そして「六甲フィルハーモニー管弦楽団」)

              


        延原時行歌集「命輝く」(第999回)
「復活の家出発進行――感謝無限の旅一歩一歩」(186−7)此度もやの妹背対話の歌、歌書きの歌、天地一体の歌、深き対話の歌、一滴の歌、夢の歌、一滴の歌続き、添へ歌の歌、本作り命の歌、姿ともかぜの歌、風四態と笑み増しともかぜの歌、見(まみ)へしやの歌、永久にの歌、日々の歌、自問の歌、思索の歌、人がもしの歌、この頃の歌、いのち言葉の歌、写真帳の歌、癒ゆの歌、言甦りの歌(2014年7月1日―10日)。

    7月6日
        風四態と笑み増しともかぜの歌五首

   恩寵の風宇宙にぞ吹くやこそロゴスぞ神と共なるや内(備考:ホ氏の言ふ創造四相のうち第一相:”There are thus four creative phases in which the universe accomplishes its actuality. There is first the phase of conceptual origination, deficient in actuality, but infinite in its adjustment of valuation.” [PR, 350]ホ氏の言ふ「概念的創始性の相」は、ロゴス神学的に言はば、「ロゴスの神と共なる次元」のことなり。ヨハネ福音書1章1節第二項の範疇なり。ここにおいて恩寵の一切含まるるなり。すなわち、恩寵の風の領域なり)

   理解のや風吹く時や宇宙のぞ太初のロゴス創始の時や
(備考:第二相:”Secondly, there is the temporal phase of physical origination with its multiplicity of actualities. In this phase full actuality is attained; but there is deficiency in the solidarity of individuals with each other.” [PR, 350] この領域恩師滝沢先生思索なす「絶対即自存在的原事実」の世界なり(『自由の原点・インマヌエル』新教出版社、1969年、126頁参照)。ロゴス神学的には、恩師の好まるるヨハネ福音書1章1節第一項「太初にロゴスありき」に依拠するなり。神よりするや、この領域は恩寵が「この世界の理解」に進みたる段階なること重要なり。絶対即自存在態(l’etre-en-soi)とは人が死する時示す「倒れたるまま」の姿なり。一切意識活動なし。されどそのまま神に理解さるるなり)

   冒険の風吹く時や宇宙のぞ一体や成る諸多性解除
(備考:第三相:”Thirdly, there is the phase of perfected actuality, in which the many are one everlastingly, without the qualification of any loss either of individual identity or of completeness of unity. In everlastingness, immediacy is reconciled with objective immortality.” [PR, 350-1]ホ氏の用いる”perfected actuality”の概念重要なり。現実性今やしも「完成されたる」なり。その様相は「多が永久に一と成り」「一切の一体性の欠如もはやなき状態」にて、その内にもはや「直接性が客体的不死性と和解さるるなり」「これ永久性なり」とホ氏書くなり。我これを「一体性」の《完成成就》と言はん。これこそキリスト教の復活と述べ伝へたる実質なり。ホ氏『観念の冒険』末尾にては次の如く叙述せり:”In this Supreme Adventure, the Reality which the Adventure transmutes into its Unity of Appearance, requires the real occasions of the advancing world each claiming its due share of attention.” [AI, 295] シャルダンも書くなり:「あなたの御力のもとで、結局のところ、ひとりあなたの御力のもとでのみ、単子たちを引き離す有機的遊離と恣意的エゴイズムの被膜は、融解して破れ去り、魂たちの集団は、《世界》の成熟に必要な合一へとするむのだ。」(『著作集5「神のくに・宇宙讃歌」宇佐美・山崎共訳、みすず書房、1968年、298頁) シャルダンの言ふ「宇宙の中心性」「中心基督」(The Universe is centred; Christ is its Centre.)(The Future of Man, 324)の思想が合致せるなり。「汝はこれらの物(注。宇宙の諸多性)よりも我を愛するか」は復活の眼目「宇宙の合一、基督」を示すなり)

   慈悲の風吹く時にゃそも宇宙のぞ岸辺立つ主と笑む者や往く
(備考:第四相:”In the fourth phase, the creative action completes itself. For the perfected actuality passes back into the temporal world, and qualifies this world so that each temporal actuality includes it as an immediate fact of relevant experience. For the kingdom of heaven is with us today. The action of the fourth phase is the love of God for the world. It is the particular providence for particular occasions. What is done in the world is transformed into a reality in heaven, and passesl back again into the world. By reason of this reciprocal relation, the love in the world passes into the love in heaven, and floods back again into the world. In this sense, God is the great companion—the fellow-sufferer who understands.” [PR, 351] 冒険としての復活が完成するや、慈悲として復活者の再派遣「Re-misso Peccatorum」が始まるなり。「我が羊を飼へ」(ヨハネ福音書21章15,16,17節)。天国は休息所のみに非ず、、また再派遣所なり。ホ氏が「交互関係」《reciprocal relation》と言ふものこそ基督なり)

   冒険の風こそや主の慈悲の風絶後笑み増す人ぞともかぜ
(備考:かくて我がホワイトヘッド風復活形而上学なれり。嬉しも。『宇宙時代の良寛・再説ーーホワイトヘッド風神学と共に』と新著『復活の省察ーー妻と歌う』連結せり。これある学会にての我が講演骨子なり。ゆっくり口語にて、英文は邦訳を付して、ほぐすこと肝要なり)


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延原先生から届いた新たな写真帳(2014年8月16日作成)『信子の表情―田園を背景に<リハビリは祝福のリズムに乗って>God blessed the good day』(豊浦病院・2011年6月〜10年5日)より、歌に添えてはじめから一枚ずつ順番に収めさせていただいています。今回はその第二十一回です。


    
          豊浦病院 一階ロビー
       2011年8月18月 一時帰宅の日
      谷美千代看護師長 <もう直ぐ出発です>
         津村療法士 <一時帰宅デスヨ>
            信子 <うれしい>  
 

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延原先生は、若き日より省察の人で、その思索の中で、日々ノートを刻み続けてこられた、誠に稀有なお人です。日々のノートは、これまで英文・邦文の膨大な論文・著作となり、昨年は名誉ある嬉しい受賞などあって、奥様との共著『復活の省察ー妻と歌う』が愈々10月早々には書店に並びます。次著『建学の精神・対話の精神・エコ神学ー至誠心の神学による大学形成の構想』の進捗も着々と・・・。

このブログの「歌集」も何と明日は「第1000回」を迎えます。日々の省察・讃歌は、生死を超えて、新しい歌が産まれてまいります。


さて、今日は二十四節気の「白露」、野の草に露の宿る日で「中秋の名月」。爽やかな朝です。次の写真は、今朝の夜明けです。

六甲の山々

高取山

昨日は午後、再び神戸文化ホールに出向き、大ホールで開催の「六甲フィルハーモニー管弦楽団」の第38回定期演奏会を楽しみました。

演奏中の撮影はできませんが、上は演奏前のものです。80人近い本格的な演奏で今回は「シベリウス」特集、アンコールにあの「フィンランデア」も演じられました。大満足です。

この管弦楽団は、神戸の大震災のあった1995年の秋に、神戸大学交響楽団のOB、OGを中心に結成され、こうして市民を無料で招待していただく、ありがたい演奏会です。来年3月1日の午後にも、この大ホールで定期演奏会があります。震災後、神戸大学のグリーの演奏も、無料ご招待をいただいていておりますが・・・・ありがたいことです。

演奏会のあと、元町・南京町で「中秋節」のお祝いに・・・そこでお食事を頂いて、帰路1時間ほどぶらぶらと名月を仰ぎながら、7時過ぎに帰宅・・・。(「中秋節」の写真は、明日にまわします)

ここでは、神戸文化ホールに置かれている作品のいくつかを、文化ホールの前と共に、ここにはじめてUPさせていただきます。