延原時行歌集「命輝く」(第967回)(食後のぶらり散歩)
延原時行歌集「命輝く」(第967回)
「復活の家出発進行――感謝無限の旅一歩一歩」(183−2)
今日の歌、死のメッセージ二つの歌、本作りの歌、嬉やの歌、個的復活の歌、宝御国にの歌、真理前の歌、笑み増し彫り深しの歌、生活只中の歌、復活省察本の歌、華やぎの歌、卓抜の歌、如何なるかの歌、静々との歌、新しき言葉「祝福」の歌、このところの歌、逆理の歌、仏教的キリスト教の真理の歌、我覚るの歌、祝詞来々の歌、復活真実の歌、久々にの歌、恐るべき無智の歌。(2014年6月1-10)
6月4日
宝御国にの歌
我悟る天に宝を積めと言ふ御心はこそ復活活きよ (備考:マタイ福音書6章19−21節熟読参照)
我妻の絶後の笑みや示す如総体解除宝御国に
今生で命成ることあらざるよ絶後に笑むや心憎きも
宝はぞ地に貯めるもの非ずして天にこそ奉献あらめ
我妻の人生神学宝をぞ天に積むこと欣求せるかな
思ひ出は一人一人の宝なり今生超へて天に奉献
6月5日
真理前の歌一首
真理前礼節あるや遠き人馴れ馴れしきや近きに勝る
笑み増し彫り深しの歌八首
笑み増しは見れば見るほど彫り深し五態の宇宙示し往く妻
倒るれば倒るるままの庭の草微動だにせず妻その如く
(備考:宇宙絶対受動の形あり。良寛の庭の草の一句の如し)
ところがぞ十二日夜何ありし想起の相や妻浮かべてぞ
(備考:宇宙想起の形あり。これ妻生涯の人生神学の基調となせし「思ひ出」なり。思ひ出は過去を現在を起点にして未来(御神)に運ぶなり)
足下に突如出でしは発見の面(おも)示す者岸辺立つ主ぞ (備考:宇宙絶対媒介の形あり)
称名の口丸めつつ昇る主の姿仰ぎつ共往くや妻(備考:称名の口になるは主が根底より昇る御方にましますが故なり。主は今生と永世との絶対媒介にして、この世の根底(太初のロゴス)の根底(天父)へと下りつつ昇る通路(神と共なる道:ヨハネ福音書1章1節第二項言ふ「pros ton theon」)にてまします絶対逆理なり。この御方我ら「イエスース・クリストス・インマヌエール・アーメン!」と称ふなり。インマヌエル「世と共」成ると同時に間髪を容れず「神と共」なり。前者のインマヌエル恩師この世の原事実として洞察されたるなり。これの底に下りつつ天父へと飛翔する「神と共(pros ton theon)」なる意義におけるインマヌエル我「下りつつ飛翔する絶対逆理のインマヌエル」と呼ばん。この御方無しに人の生涯の思ひ出、我妻の人生神学の窮めたるごとく、天父への持参奉献あるなし。主の「下りつつ飛翔する絶対逆理」すなわちこれ復活なり、「復活の世界」なり。この御方と共に、この御方を通じて、思ひ出天父に持参奉献すること我らの「個々人的復活」なり。我妻信子の口丸めつつ称名しつつ昇りゆく笑み増し、この復活示すなり。かくて信子の「笑み増し」二重の復活(主の復活に包まれたる信子の復活)の「解」(証し)なるなり。いと嬉しも)
仄かにぞ右眼あけつつ我妻や天父仰ぎつ思ひ出奉献
(備考:宇宙復活を通路にして天父に思ひ出持参奉献する形あり)
我妻の笑みこそ不思議宇宙のぞ五態しめして往く幸無限
笑み増しの恩寵ほどに有難き幸やあらむか今生包みて
(備考:これ無上の幸なり。なあ、ノーちゃん。うえーん、感謝無限です、父さん!)
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延原先生から届いた新たな写真帳『表情の信子―友多くリューマチセンターいと楽し』(新潟県立リューマチセンター・2011年2月〜2011年6月)より、歌に添えて一枚ずつ順番に収めさせていただいています。今回はその第二十回です。
「新潟県立新発田病院 11階展望カフェにて 2011年4月24日
右 木原寛 中 順子 左 信子
時行 <ハーイ、こちら向いて> 」
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立秋の朝、近くには大雨警報が出ているようですが、神戸は晴れています。
週末には高校野球も始まりますが、大きな台風が近づいていて気がかりですね。各地の雨の被害も深刻です。
先日、食後の散歩で長田神社あたりを寫してUPしましたが、昨夕もカメラを持ってぶらり散歩に出かけました。
夜の写真も面白く、今回はいつもの花壇や百日紅・柘榴など収めてみます。月夜のぶらり散歩です。公園では若いベトナムの女性三人が、楽しそうに話しながら、エネルギッシュにぐるぐる公園周辺を散歩していていました。