延原時行歌集「命輝く」(第938回)(七夕かざり)


        延原時行歌集「命輝く」(第938回)

「復活の家出発進行――感謝無限の旅一歩一歩」(180−8)基仏箴言の華の歌、フォト通覧と箴言の歌、佳しの歌、華やぎと笑み増しの歌、春の真実の歌、称名思索の歌、延原家墓の歌、神共にの歌、歌の歌、幸せの歌、信子信条の歌、新しき顔の歌、友ありての歌、妻幸無限の歌、良寛禅師と笑みの歌、根源の歌、天父御心の歌、この朝の歌、今日の日の歌、リハビリ一歩一歩の歌、復活神学書き得しもの歌、奉献美の歌、先達の文の歌、不思議にもの歌(2014年5月1−10日)

    5月5日
            新しき顔の歌六

   今日の日も胸雪にぞや励まされどれ省察に手入れんかな
(備考:妹背の書『復活の省察ーー妻と歌う:生くるとは深き淵から共々に甦ること喜びてこそ』なり)

   我妻よ実に素晴らしき生涯ぞ汝(な)が笑み増しの祝ひたるもや

   絶後のぞ顔我知るも口丸め称へ往く笑み実に新しき

   祝されし笑み増す顔や麗しき御国の光汝(なれ)与へらる

   ことにぞや汝(な)が足下に岸辺立つ復活主見しその笑みこそは
   (備考:我驚きぬ)

   右眼をぞ細めて天父慕ひつつ今往く顔や天来の笑み
   (備考:ノーちゃん、あんた新しい顔や。おおきにね、父さん)

            友ありての歌一首

   友ありて我が妻フォトに花手向く我笑み増しを示し談笑
(備考:サンフラワー介護福祉センターの大沼由里子氏なり。感謝無尽も)

    5月6日
            妻幸無限の歌十二首

   絶後にぞ奇しき笑顔を賜りて祝され往くや妻幸無限   (備考:これ通常の幸ならず、無限の幸なり)

   人生は己が力に依らずして恵みや溢るる祝福世界
   (備考:究極まで見ての事なり)

   新しき顔示しつつ我妻や命世界を告ぐメセンジャー

   我妻の笑み増しや実に生死観一新せるよ滅して不滅
(備考:ホ氏も言へり:”We perish and are immortal.” [PR, 351. 82])

   御神の示しありたり今朝の夢我妻笑むは御国の便り

   命とは死して笑み往く旅路なり旅の果てには天父祝福

   旅路とは「ロゴス神とぞ共なりき」共空間中飛翔なりけり
(備考:ヨハネ福音書1章1節第二項熟読参照。「神と共なりき」[pros ton theon]を我共空間と言ふは、ロゴス[言・御子]も神[天父]もその間に御自らを極と成す共なる空間に在りたる故なり。これ「天にまします我らの父よ」のその「天」なり。因みに、この「天」のアナロジーなるが「地」、すなわち、ビッグバンにて生まれたる我らの137億年歳の偶有宇宙なり。偶有宇宙「天」なる永遠宇宙の蔭なり、アナロジーなり、欣求なり、思ひ出天父に持参・奉献する際の出発点なり。出発点に跳躍台あり。それ原事実なる基督なり。基督絶後に「岸辺たる主」として顕現し給ふ在り。原事実天父を基(もと)とし給ふ御子なり給ふゆえに、決して御自らを自己根源化し給はず。故に、根源なる御自らをより深くしてより高く在し給ふ天父への跳躍台として非根源化し給ふなり(これピりピ書2章6節の言ふ「ケノーシス、謙り」なり)。根源根源に非ず、故に根源根源なり、と言ふべし。先の「根源」この世から見ての事なり。後の「根源」全体命から見て、前者の根源否定さるる故、「根源に非ず」というかたちでの「根源即飛翔台」のことなり。恩師滝沢克己のインマヌエルの原事実論、このところ明らかならず。この世(ビッグバンでなりたる偶有宇宙)の根源即ち基督(太初のロゴス)を専らロゴス一般と見給へり。これではさらに内奥のロゴス、ヨハネ福音書1書1節第二項の「神と共なる」ロゴス、およびこのロゴスの天父と「共」(pros ton theon)なる《共在》そのもの(我「共空間」と呼称するもの)眼中になし。我滝沢の言ふ「インマヌエルの原事実」をば、①元々「ロゴス御子の父なる御神と共にいまし給ふ御事」が、②この世の根源なるロゴス(即ち「初め=即ち世の始め=に言ありき」[ヨハネ福音書1章1節第一項]のロゴス)を包み給ふところの、二重なる原事実に求むなり。①を捨象してなれるが恩師の②の原事実論なり。これでは、我妻におけるごとく、生涯の思ひ出を棺の焼けるを超へて天父に持参・奉献なすことを可能にすべき、方途あるなし。②の「インマヌエルの原事実」論を非根源化して、①のための跳躍台へと変転移行させる「冒険」ありてのみ、「インマヌエル」まことに(天父の許まで究極するところの)ホ氏の言ふ「顕れの統一」[its Unity of Appearance, AI, 295]、すなわち①と②の統一、となり得るなり。かくしてこそぞ、我ら滅してぞ不滅なり(”We perish and are immortal.” [PR, 351, 82])と言ひ得るなり。)

   かかる幸笑み増し往きて示すやは実に我妻の使命なりけり

   悲惨とぞ見へし我妻病苦死は実にも笑み満つ復活ばなし

   世の人は絶後笑みある命をぞ絶へて知らずやただ果敢無しと

   誠にやキ氏も書きしよ死に至るものは絶望死には非ずよ
   (備考:キェルケゴール死に至る病』熟読参照)

   果敢無しと見ゆる死こそは実にもぞや命往きなり妻笑み示す



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上は神戸新聞の昨日の夕刊とご近所の七夕かざりです。

七夕の日は雨に打たれて、せっかくの飾りが多く地面に落ちてしまいましたが、雨の止み間に散歩もかねて市場へ買い物に・・・。

今回はそのときに撮った写真を収めます。

ただいま今年初めての「蝉の声」が聴こえてきました。ずっと「蝉の声」をまっていました。