延原時行く歌集「命輝く」(第875回)(ぶらり「相楽園より諏訪山・燈籠茶屋」)


       延原時行歌集「命輝く」(第875回)

「復活の家出発進行――感謝無限の旅一歩一歩」(176−5)妹背会話の歌、連呼生涯の歌、我妻信子の歌、今やの歌、信子笑み且つ称ふの歌、箴言悟りたりの歌、古希フォト飾るの歌、妻人生の歌、今朝の歌、久々にの歌、笑み三態の人の歌、笑みの秘儀に驚きぬの歌、日々と変貌の歌、復活の家今の歌、語りかけの歌、元気ノーちゃんの歌、涙の歌、妻よの歌、妻笑み三態の歌、棺中御恵みの里の歌、時かけ箴言満々の歌、嬉しさ一枚の歌、驚けり恩寵世界の歌、朝まだきの歌、微笑奇蹟の歌、傑作人生の歌、妹背対話の歌、飛翔の歌(2014年3月21−31日)

    3月24日
          古希フォト飾るの歌十首

   はあとふる古希の祝ひのフォト給ふ妻の笑みたる類なき日ぞ
(備考:2012年6月17日のことなり。翌年もフォトあり:2013年6月17日面白き話せる姿懐かし)

   このフォトを往く日飾りぬ祭壇に信子絶頂窮めつ笑む日

   有難き古希フォトほどのものあるや延原信子最高の笑み

   汝(なれ)信子如何に苦しきことあるも生きて笑みたり恵みやなあと
   こないだも早朝我は言ひたるよええ顔やなあ妻科(しな)作る

   古希笑みや往く日の笑みの先駆けぞこれ祭壇に燦々と輝る
   生きて笑み死して笑みたる信子様汝が笑みこそは命(めい)窮むうた
   恐らくはこの笑み秘密人生の果てに甘へる味知りてこそ

   永く汝(なれ)独立ウーマン務めたり入院してぞ我に甘へぬ
(備考:「甘えぬ信子」家族中にて有名なりしも、義妹によれば。我が内助の功つとめるに極めて忠実真摯なりけり。法律研究生涯続けたり、入院当初も。然れども、箴言作り始めたる2011年3月9日あたりより一変。「父さん、カンファレンスしよ。」と我に呼び掛け、我新潟県立リウマチセンターに泊まり、延原信子英文箴言起草に協力せり。ああ楽しき彼の日彼の時!ノーちゃんは我が甘えん坊なりき。かくて「連呼」はじまれり。3月21日の歌参照)

   而してぞ告別の時面(おもて)見せ右眼ほのかに天父甘へぬ
   (備考:これ我が眼識なり)

            妻人生の歌五首

   ほのぼのと妻の人生味合はる嫁帰りてや思ひ出づくり

   思ひ出を十分つくり最高に幸せや言ひ笑みつ御国ぞ
   それにせよ妻よくもまあ作りたり英文箴言祝福の歌

   三年と有余年間励みたり闘看病の内に華やぐ

   省献の佳き日をば神祝します如何に嬉しきこの言の葉や
   (備考:God blessed the good day
    Of self-reflection [while alive]
    And [when time comes]
    Of self-dedication [to]
    [God’s Kingdom Eternal])



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 延原さんから今回改めてお送り頂いた御著書『あなたにいちばん近い御方は誰ですか――妻と学ぶ「ラザロとイエスの物語」』(日本キリスト教団出版局、2011年8月)に収められた写真を、掲載順にUPしていますが、本日はその最後の三枚を収めます。

 まず、269頁の「見田セラピストに立ち上がりの指導を受ける」と記されている写真です。2010年11月末日の大怪我より大手術のあと12月12日には一般病途へ、さらに多くの壁を突破して2月4日にはリハビリセンターへ転院!! 目をみはるばかりの快癒の日々!!



 次は277頁の「2011年6月10日、リハビリセンターにて」とある信子先生の笑顔の写真です。今回の歌「古稀フォトの歌」にある「はあとふる」における信子先生の笑顔は最高ですが、このお写真も魅力的です。



 そして本書の末尾、278頁の「2011年6月10日、新発田病院屋上庭園で」とある写真で、前の笑顔の写真と同じ日のもので、ご主人に伴われて御満悦のものです。この時はすでに、本書の刊行作業もずんずん進み、8月23日にはめでたく完成いたしました。




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 昨日は、孫を相手に将棋三昧! まだ一度も負けてはいませんが、日に日に腕を上げてきて、今朝の一番は引き分けという真剣勝負!! 孫には囲碁も教えてやらねばなりません。

 今回の写真も「相楽園」です。ちょっとカメラアイを変えています。