延原時行歌集「命輝く」(第849回)(須磨寺―良寛「須磨紀行碑」と満開の桜)


     延原時行歌集「命輝く」(第849回)
「復活の家出発進行――感謝無限の旅一歩一歩」(175−1)歌の歌、歴史皮肉の歌、どれ今日もの歌、宇宙時代良寛の歌、にせ正義と風の歌、電子ざんげの歌、風の歌佳しの歌、風の歌メタフィジックス大発見の歌、如何なるやの歌、箴言の歌、この時代の歌、突然にの歌、我切にの歌、今日の歌、春の歌、今朝の歌、妻の歌、前夜式の歌「御神示しぬ」、信進みぬの歌、信の道の歌、友ありての歌、あの日の歌、祝ひの歌、我妻の道の歌、朗々の歌、驚きぬの歌、華やぎの春の歌、天がける日の歌、大仕事の歌、これからの歌、時の救ひの歌、人如何にの歌、篤き言の葉の歌、我妻よの歌、さながらやの歌、延原信子フォトの歌、フォト見るの歌、我覚るの歌、御旨一枚の歌、呼び掛けの歌、ようやったの歌(2014年3月1−20日

    3月1日

              歌の歌二首

   歌つくる我が心ぞやほかあらず全経験を挙げて神誉む

   日ノ本の歌といふものホ氏の智慧全経験を解き明かす似る(備考:Making sense of all experiences is at the core of Whitehead's metaphysics, which is akin to Japanese poetry, tanka, right?)

             歴史皮肉の歌十首

   神敵を殲滅せんと開発す米核体制自己肥大かな
   (備考:キリスト教絶対主義によりてなる移民国の歴史皮肉なり)

   ナチスとぞ軍国日本殲滅し正義謳ひし核体制なるも   (備考:正義の部分「平和憲法」として日ノ本に知らる)

   オイルはぞこの先十年二十年続き得るかは何人(なんぴと)知るや
(備考:近代石油産業文明の罪巨大なるは、トマス・ベリー抉りし通りなり。拙著『宇宙時代の良寛――エコ神学者トマス・ベリーと共に』参照されたし)

   歴史をば貫徹するは正義より己が業にぞ遺棄さるる規(のり)
(備考:この規我「遺棄性」と呼称するは、二十代よりの拙著『受肉の神学ーー前篇:救済論』に詳論の通りなり:http://d.hatena.ne.jp/keiyousan+torigai/ 所収延原時行著作集ブログ公開第11巻参照)

   かくしてぞ必然なるはアラブ春イスラム主義者打倒執心

   ウクライナ欧化の皮肉繰り返すこととなるやも誰ぞ知るらん

   この上は伝統文化深みより歌立ち昇り西と話せよ

   それこそは拙新著のぞ狙ひにてホ氏と良寛風の神学

   ともかくも日ノ本の人己が美をよく知りてこそ新歴史あり
(備考:それ「維新」という右巻き伝統にも「平和憲法」という左巻き伝統にも先駆ける選択肢なり。これ殆んどの日ノ本人知らず)

   米国は歴史皮肉を蔵すくに理想に非ず地獄に非ず(備考:Irony in historyとは、米神学者ラインホールド・ニーバーの言葉なり。これ歴史の勝利は、驕る時、堕落蔵するを言ふ。)




今朝も神戸は快晴、しかし今晩からは雨模様の予報です。明日は早朝より所用で滋賀県長浜方面に出かけますが、どうも天候は危ういようです。(そんなわけで明日はこのブログはお休みです。孫たちは明日愛猫とともに帰っていきます。)

ところで本日の上の写真は、4月1日の須磨寺で寫した「良寛紀行碑」です。

須磨寺良寛の修行の地ではありませんが、諸行行脚の折に「つなしき神社のもりをたづねてやどる」と記す「須磨紀行」を残していて、綱敷神社はこの近くにあります。

この須磨寺には、「すまでらのむかしを問へば山桜」(沙門良寛書)からはじまる紀行文が刻まれた立派な碑が据えられています。

よく見ると、「昭和六十二年三月三日」の日付があり、「書 加藤僖一」とあります。

右端の黒の御影石良寛像、台座には愛用の手毬や鉢の子、そして愛する子供たちが模されているようです。

境内には正岡子規の歌など多くの歌碑なども多く点在しています。

美しい池の周りに咲き誇る桜はいまが満開です。