延原時行歌集「命輝く」(第843回)(須磨・旗振山から一の谷(義経道)ルート)


        延原時行歌集「命輝く」(第843回)
「復活の家出発進行――感謝無限の旅一歩一歩」(174−2)
踊る人の歌、物語の歌、今朝の思ひの歌、有難きかなの歌、謹呈嬉やの歌、急上昇の歌、朝一番の歌、考量の歌、ともかぜの歌、久々にの歌、第二・三条の歌、華の歌、一日終るの歌(2014年2月21−28日)

    2月23日
          今朝の思ひの歌八首

   朝いちばん箴言吟ずらんらんと妻の眼光元気満つるも

   日ノ本の思想上限憲法と思ふ人方良寛知らず

   拙新著人方知らぬ基打つホ氏と良寛風の神学

   戦後人社会思想の上限に囚われつつやメタ思想なし

   さてもさて良寛新著成りたるは何の摂理ぞ謹呈嬉しも(備考:摂理ありてこそ上梓ありたり。我が功に非ず、全く非ず。故に感謝を以って謹呈ぞ嬉し。一筆一筆宛名書き楽しも)

   ここになる風の神学実にもぞや国の骨格示し得たれば
(備考:「くに」宇宙の事なり。ここより憲法Constitution出ずる、西洋では常識なり)

   我は知る西田先生絶筆に示したるもの骨格ならずや
(備考:「場所的論理と宗教的世界観」[全集11巻所収]の優れたるは、道徳的世界観に非ず、宗教的コスモロジー示したる所なり。その点に於いて所謂「平和憲法」に数段勝るなり。後者はモラーリッシュなり、「道義的」なり。ここに宗教的コスモロジーあるなし。世界の悲劇癒す思想この内になし。これメタフィジシャン我の見解なり。世界の哲友同意せん。これに比するならば、良寛の風の俳句遥かに思想上勝るなり:焚くほどは風がもて来る落ち葉かな。また、「盗人に取り残されし窓の月」は如何。吾人は日本の詩歌メタフィジックスに所謂「平和憲法」に遥かに優る思想あることを疑はず。それ(注目すべきことに)ホワイトヘッドの叡智と合するなり。西田、良寛を以って世界と対せよ。「平和憲法」啓蒙家諸氏の言説を以って世界に対するよりも。平和憲法にメタフィジックス有らず、社会思想法思想のみなり。社会思想法思想にて宇宙の万象考察する事不可なり。そんなことは当然ならんや。ここに日ノ本の国の戦後の思想貧困根ざすなり。メタフィジックスなくして何の思想か。平和憲法の啓蒙家諸氏、メタフィジックス窮めずして、民衆又国家に教えを垂れんとす。何たる傲慢また無智か。とにかく平和憲法決して最高思想に非ず。かく見てこそその相対的価値も判断可能なり)

   拙新著風の神学打ち出せるその意義なるや憲法超ゆるも 




延原先生の今日の歌に歌われている新著『宇宙時代の良寛・再説ーホワイトヘッド風の神学と共に』(考古堂)はもちろん、全国の書店で扱われていますが、今回も嬉しいことに、神戸キリスト教書店(三宮)において店頭に並べていただいています。

本日は予報通り、朝から快晴。

ひと仕事をした後に今年も、今日の甲子園球場の球児たちの応援に出かけてきます。

むかし中学時代の3年間たっぷりと、野球部で過ごしたことがやみつきとなり、少年野球でもプロ野球でも、野球を観戦するのは大好きです。

プロ野球も両リーグとも、本日開幕しますね。

桜も満開、春の到来です!

今回の写真は、須磨・旗振山から初めて歩く「一の谷」ルートです。「義経道」とも言われるそうですが、なかなかいい道で、たいへん気に入りました。

ここはいま、大規模な砂防工事でが進んでいて、「見学」の場所までできています。ほとんど、行きかう人もありません。

そこから少し下ると、見晴らしのきく場所があります。今回はそこまでを撮影順に並べてみます。