延原時行歌集「命輝く」(第810回)(ぶらり散歩「十月桜・紅梅・白梅」)


   延原時行歌集「命輝く」(第810回)


「復活の家出発進行――感謝無限の旅一歩一歩」(170−4)
笑みや豊かにの歌、妻の命の書の歌、昨日今朝癒し四相の歌、恩寵一閃の歌、悟りたりの歌、今朝の祈りの歌、昨夜妹背会話の歌、漸くにの歌、御業進めんの歌、高橋クリニックにての歌、復活の歌、基あり華やぎ豊かの歌、昨日驚きぬの歌、歌の歌、人の歌、念校の歌(2014年1月11−20日

    1月14日
           今朝の祈りの歌四首

   御心の天に成るごと地にもとぞ祈る心は絶対他力

   絶対の他力のままに祈るなら泉のごとく祈り溢るよ

   命とは我が思ひにぞあらざるもなお溢るこそ命なりけり

   久方の光のどけき今日の陽はなべて自力を超へつ癒すよ

    1月15日
             昨夜妹背会話の歌二首

   忙しい目に会はします妻の言ふ信田眼科に片桐の後

   ノーちゃんよ医院に行くも運動や風に当たらなふやけるでよう

             漸くにの歌一首

   漸くにConviviality本動き出すさてぞ推敲いざや始めん

(備考:クレアモント神学院助教授Santiago Slabodsky氏よりクレアモント”Conviviality"[宗教共生学]国際学会[2012年2月]のペーパーいよよ共著に纏むとか、ついては拙論Keyにしたしとぞ、メールあり。時や来にけり、拙論”The Problem of the Two Ultimates and the Proposal of an Ecozoics of the Deity: In Dialogue with Thomas Berry and Sallie McFague”の時ぞ。これ我がDivine Ecozoics:Part Iなり。Part II: ”Vindicating the Proposal of an Ecozoics of the Deity: In Dialogue with Anselm, Aquinas, Whitehead, and Nishida While in Tandem with Jesus' Theology and the New Cosmology"はオックスフォードにて2013年7月28日―8月1日発表せり。そのレジュメ:"Forty Theses on an Ecozoics of the Deity: Delivered at Oxford (July 30, 2013)"Bulletin of Keiwa College次号に寄稿せり。今春刊行さるるべし。嬉しも)



延原先生のこの度の新著『宇宙時代の良寛・再説ーホワイトヘッド風神学と共に』は本格的な神学・哲学書ですが、わたしのような読者を相手にやさしく解き明かされた、たいへん読みやすい著作に仕上がっています。考古堂さんの本作りの名人芸にも感心させられます。

この新著の表紙と背には「Ryokan in a Cosmic Age Revisited : In Sync with A Whiteheadian Wind Theoligy 」の赤文字の英文表記も付されていて、これも効いています。「良寛」と「ホワイトヘッド」の「風のシンフォニー」・・これは延原先生ならではの宇宙救済の書です。おめでとうございます。

新著の中には、たびたびこのブログのことや、同時進行のブログ「延原時行著作集ブログ公開」の案内もあって、新しい世界の広がりを感じさせます。うれしいことです。


昨日は午前中、久しぶりに友に誘われて神戸駅の喫茶店でお会いして、愉快な時を過ごし、最新の研究成果をふたつ抜き刷りをいただきました。「賀川豊彦魯迅賀川豊彦の「第一次上海事件」認識と魯迅・内山完造との交流について」と京大人文研での「『五・三〇運動』と日本労農運動家―鈴木文治、賀川豊彦、芳川哲の軌跡」という開拓的な研究です。孫文研究家の彼は、当然のことながら中国語もよくできて頼もしい限りです。


さて、本日の写真は、いつものぶらり散歩で、いま神戸では「梅の満開」の季節、紅梅と白梅、そして「十月桜」もひそと咲いていますので、その数枚をUPします。上の写真は「十月桜」ですが、もう一枚おなじく「十月桜」です。



以下、一羽の鳥と紅白の梅の花と・・・・。
本日は、比較的暖かい一日のようです。もうすぐ春ですね。