延原時行歌集「命輝く」(第2714回)(さくらとこぶしともくれんと)

              
  延原時行歌集「命輝く」(第2714回)
  「復活の家出発進行―感謝無限の旅一歩一歩」
今朝も先生のメルマガ「風の便り」で届いた「今日の歌」を収めます。

    3月30日

         人類信仰告白要すの歌四首

 一 核軍縮平和の先に平安を欣求せる者幾人(いくたり)ありや
   (備考:「ニューヨークの国連本部で「核兵器禁止条約」交渉が27日開幕した。核兵器の違法化を目指す動きに国際社会の支持は拡大、戦後世界の安全保障体制の根幹が揺さぶられ、核保有国は警戒を強める。米国の「核の傘」に頼る日本政府は不参加を選択。唯一の被爆国が掲げてきた非核の旗印は完全にかすんだ形となった。」『新潟日報』2017年3月29日付。【ニューヨーク】「核兵器禁止条約」の交渉開始という平和運動の歴史的局面で、日本政府代表は「参加できない理由」を並べた。「『核なき世界』は日本の願いではなかったのか」。27日、核廃絶に向けた機運を盛り上げようと、舞台のニューヨークの国連本部に来ていた被爆者からは、落胆と怒りの声が漏れた。
 「北朝鮮の脅威を強調するばかり。でも、だからこそ核廃絶に真剣に取り組む時なのに」。カナダ在住の被爆者サーロー節子さん(85)=広島市出身=は、腹立ちが収まらない様子。
 サーローさんは英語で被爆体験を伝える活動を続け、条約の必要性を訴え続けてきた。時々体調を崩し、今回は車いすで会場入り。「核の被害を経験した私たち日本人は平和を求めている。私はそれを伝え続ける」と決意を新たにした。
 日本原水爆被害者団体協議会(被団協)事務局次長の藤森俊希さん(72)も日本政府の不参加表明に「どうして。賛同できない」と強く憤った。
 ただ、この日始まった条約制定交渉で藤森さんが被爆体験を証言すると、会場からひときわ大きな拍手が湧いた。「驚いたし、うれしかった」。被爆者の訴えは国際社会に届いている。」『新潟日報』29日付)

 二 軍略を軍縮平和に変容か人類(ひと)信仰の告白要す

 三 汝やしも地球主(ぬし)とぞ成りたきや天の川越え帰天したきや

 四 オバマ氏や平安ありて平和なる人類(ひと)コア矛盾懺悔友抱く
   (備考:復唱)
 




昨日も午前と午後に「ぶらり散歩」を楽しみました。上は午前のもので、こぶしともくれんです。

昨日も拙著文庫本をお贈りした方々からご親切なお便りとお電話をお受けしました。

そのうちのお一人は、京都・洛東教会の中村悦也牧師で、久しぶりにお元気なお声に接することができました。いま85歳だそうで、毎週説教を続けておられますとか。新しい御本を送っていただけそうです。

むかし同志社の神学生の頃、古本屋で一冊の古本−―滝沢克己著『カール・バルト研究』―−に出会いまして。一読して深い感動を覚え、古本屋をめぐっては、滝沢先生の御本を探しては買い求めては読みふけるなか、1962年に出版された中村悦也牧師のパンhレット『滝沢克己教授所説のキリスト論の根本問題』にもめぐりあいました。

その後、ずっと時を経て、福岡在住の滝沢先生が関西に来られて、京都洛東教会に立ち寄られることがありと、いつもお声をかけてもらい、滝沢先生と三人で親しくお会いすることの出来た、あの日々のことを思い出したりして・・・

洛東教会はすぐ前に美しい疎水が流れています。平安神宮や美術館など目の前で、いまは古い教会は建て替えられて、素敵な礼拝堂もできています。機会を作って、京都見物がてら、お邪魔してみたくなりました。

下の写真は、午後のぶらり散歩のものです。